- エフラボトピックス
- 飲食業界で活躍する人に話を聞いてきた
- 食の仕事の可能性_02「Florilege」シェフ 川手寛康氏
- かつて、「食べること」はヒトが生きるための手段だったけれど、今はそれだけじゃない。「食」という仕事の意味はますます広く、面白くなっている。食の仕事を“愉しむ人”になること。その先に広がる未来の地図は、まばゆい輝きを放っている。
「初めて自分のお店を持った頃は、海外産の最高の食材を使った最高の料理を追求していました。でも、次第にそのやり方に誇りを持てなくなってきたんです」。2018年、2019年のミシュランガイド2つ星を獲得し、「アジアのベストレストラン50」の常連である青山のフレンチレストラン『Florilege(フロリレージュ)』の川手寛康氏は、『フードロス』や『サスティナビリティ』といった、現代社会の抱えるさまざまな問題に、料理を通して向き合うシェフとしても知られている。
サスティナビリティとは、『持続可能性』と訳され、『今ある環境を失わずに次の世代に引き継ぐ』ための活動のこと。川手氏がその意識に目覚めたきっかけは、地方で活動する料理人たちとの出会いだった。「彼らは、身近な食材や日本の食文化を大切にする意識が高く、自然とサスティナビリティに向き合っていました。彼らと交わるうちに、自分が追求してきた『最高の食材で最高の料理をつくる』という考え方は、自分の満足のためでしかなかったことに気がついたんです」。ちょうど自分の子どもが生まれた時期でもあり、『この子たちの生きる時代によりよい環境を残すにはどうすればいいか』を考えるようになったのだという。
『サスティナビリティー、牛』への思い
そして生み出されたのが、同店を代表するスペシャリテ、その名も『サスティナビリティー、牛』。この料理に使われるのは、和牛のなかでも出産を経験した『経産牛』だ。通常、経産牛の肉は味が劣るとされ、加工食品に回されることが多いが、川手氏は産後の環境や調理法を工夫することで、他のメニューにも劣らない和牛料理をつくりあげた。
「これまで価値がないとされてきた経産牛を、価値のある美味しい料理に変えることができる。これこそが料理人だからこそできるサスティナビリティへの貢献」と語る。経産牛の価値を高めることで、和牛の減少を抑え、日本が誇る和牛文化を未来に残すことができる。この『サスティナビリティー、牛』にはそんな希望が込められているのだ。
古澤氏がイタリアに渡った当初の目的は、自分の店を持つための料理修業。当初は2〜3年で帰国するつもりだった。だが、日常の食事のために、ワインとそれに合う食材を自分たちで選んで食事の時間を心から楽しむイタリア人たちの『質素でも豊かな暮らし方』に魅力を感じ、この暮らし方を日本でも提案したいと思うようになった。
「街にレストランが1軒できても、外食の候補がひとつ増えるだけ。そうではなくて、もっとお客さまの暮らしそのものに関われるお店をつくりたかったんです」。
一人ひとりが考えるきっかけをつくりたい
「私は、自分ひとりの力で環境問題を解決できるとは思っていません。でも、一人ひとり、誰もが少しずつでもできることがあると思うんです」。料理を通してそこに気づいてもらうきっかけをつくることが、私のやるべきこと、と語る川手氏。お客さまにも環境問題を考えるきっかけにしてほしいと、初めての来店時には『サスティナビリティー、牛』は必ずコースに含まれ、環境問題を訴えるメッセージカードを添えて提供されている。
「お客さまの口に入る料理をつくる料理人は、それが安心して提供できる料理かどうか、いつも意識していなければいけません。今自分の手元にある食材が、信頼できる生産者によってつくられたものかどうか。環境破壊や強制労働が行われている場所でつくられたのではないか。実は料理人は、一般の人たちよりも社会問題を身近に感じられる仕事なんです」。川手氏は、後輩の指導や学会での講演などを通して、社会問題に目を向けることは、料理人として高みを目指すことに繋がるというメッセージを伝えている。
「海外に行くと実感するのが、『食』は最高のコミュニケーションツールだということ。言葉は通じなくても、料理を通して語り合える。そんなときには、料理人をやっていてよかったと思いますね」と川手氏。国境や立場を超えて、人と人とがコミュニケーションを取り、理解し合う。料理にはそんなつながりを引き出す力がある。『Florilege』は、きっとこれからも料理の力を最大限に引き出して、子どもたちが安心して暮らせる未来を実現するための、大切な場所であり続けることだろう。
- 『Florilege(フロリレージュ)』
- 〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-5-4 SEIZAN外苑B1F
TEL: 03-6440-0878
公式ホームページ
2020年2月掲載