- エフラボトピックス
- 飲食業界で活躍する人に話を聞いてきた
- 仕事時代 vol.1 Mr.CHEESECAKE 田村浩二さん
1985年、神奈川県生まれ。20歳で新宿調理師専門学校を卒業、乃木坂、六本木のフレンチレストランで経験を積み、26歳で表参道のL’ASで3年間シェフを務める。その後29歳で渡仏。2年間の修業を積み、32歳のときゴエミヨジャポン2018で期待の若手シェフ賞を受賞。2018年、Mr. CHEESECAKEのキッチンをつくり、現在、代表取締役として〝人生最高のチーズケーキ〟を提供しながら、事業家、経営者として多方面で活躍中。
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自分で作ったもので人を幸せにしたい。願うことは昔からずっと同じ……
―まずは、料理の道に進もうと思った理由を聞かせてください。小さい頃から飲食に興味があったんですか?
「いえ、もともと飲食に興味があったわけではなくて、僕の場合、小さいときの夢はプロ野球選手でした。だから小学校から高校までは野球1本で、プロの道を目指すために大学でも野球を続けるつもりでいたんです。でも、行きたい大学の野球入試(セレクション)に落ちてしまった。そうなると僕の中で野球以外に大学に進む理由が見つからなくて、そこで大学進学の道はスパッと閉ざしたんです」
―野球と料理の道は、真逆に位置しているような気がしますが…?
「僕は、目標がないと走れないタイプなので、野球を諦めたときに、自分の中の将来の選択肢は〝手に職をつける〟ことしかありませんでした。ただ、まだこの時点では飲食には定まっていなくて。でも高3の二学期に親友の誕生日があって、何かあげたいなと考えたんですが、バイトをしていなかったからお金もなくてプレゼントが買えない。そこで、ケーキを作ったんです、はじめてのケーキ作り(笑)。その背景には、母親がすごく料理が好きで、家でのおやつはほぼ手作りだったというのがあります。でも思春期だったので、母親にレシピとかは聞きたくなくて、ネットでいろいろと調べてチョコとバナナとマスカルポーネのケーキをつくったんです。そうしたら、それがものすごい好評で、みんなが笑顔になって喜んでくれた。そのときに決めました、〝料理の道〟に進もうと! そこからは親にも野球も辞めるし、大学にも行かない、料理の専門学校に行くと伝えて、あとはもう迷うことはなかったです。親としては大学に行って欲しかったみたいですが、僕は1回決めたら曲げないタイプということをよく知っているので、すぐに認めてくれました」
―専門学校も自分で決めたんですか?
「はい。昔からやりたいことを見つけると、そこに向かってまっすぐというか。自分でなんでも決めるし、なんでも調べるし。野球のときもトレーニング方法や栄養学まで自分で調べていました。好きなことに一途なんです(笑)。だから専門学校も有名校ではなく、授業後にも残って練習のできる調理師専門学校を選びました。専門学校では自分の進むジャンルを選ばないといけないんですけど、料理の道へのきっかけはケーキだったのでフランス料理を選択しました。無骨で研ぎ澄まされた和食にも惹かれたんですが、ケーキなど甘いもののことを考えるとフランス料理でしたね」
—フランス料理を学び、専門学校を卒業後、どうやって最初に働くお店を決めたんですか?
「学校にも求人募集はくるんですけど、僕の場合、料理雑誌をいろいろと見て食べ歩きをはじめました。そして、2店舗目で行ったお店の1皿目を食べたとき〝働くなら絶対にここだ!〟と思い、食事が終わってからサービスの人に働きたいという思いを伝えましたね。食べたことないお店で働くという感覚が僕にはありませんでした。どうせ働くなら自分が心底おいしいと思ったお店でないと意味がないと考えていたんです。だって自分の人生を賭けるお店なんですから」
―そこから田村さんはいくつかのお店で経験を積み、フランスに行きますよね?
「はい。フランスに行くまでにお金を貯めたいというのもあって、自分の尊敬するシェフについていったり、先輩の知り合いのイタリアンで働いたこともありました。渡仏を決めてからは、仕事のあとに毎日六本木のTSUTAYAに行って1時間フランス語の勉強をしていました。普通、ワーキングホリデー(青年が外国で1年間の休暇、またその間に就労することを認める制度のこと)でフランスに行くと最初の1ヶ月から2ヶ月は語学学校に行くんですよ。でも、僕には料理をするという目的が明確にあったから語学学校に行く時間もお金ももったいないと思ってたんです。だからフランスに行く前に、ある程度のフランス語を話せるようにしておきたくて、どんなに疲れていてもフランス語を勉強する時間を削らないようにしていましたね」
―決めたことに対してものすごく努力家ですね。20代で得たものの中で、ご自身にとって1番大きかったものは何ですか?
「無駄が嫌いなんです、昔も今も(笑)。20代で得たものは、20代に積み重ねた小さな成功体験がその後の30代、40代の自分の大きな仕事につながるという考え。よく20代は修業の時代といいますが、ただがむしゃらに修業をしていればいいというわけじゃない。例えば、毎日毎日牡蠣を開く作業をしなくちゃいけないとしたら、それをただ淡々とこなしているだけでは何も成長しないんです。どう開けたら効率がよくて、よりキレイかということを考えながら開けると、それが実績に変わる。つまり、日々のルーティンの中でも自分に仮説を立てて検証すると、自分の知識や技術の幅がグッと広がるんです。20代の間で任される仕事はかわりばえのない、誰でもできる単純作業が多い。だから失敗しても誰も文句を言わないので、その中でいかに挑戦して改善できるかが今後につながるというわけです。そこで何も考えず、毎日ただ同じ作業をしていては無駄に過ごすのと同じことだと僕は思います。ですから、20代で得た考えは、人生で1番学んだこととも言えます。人間は基本飽きたり、慣れたり、ダレたりする生き物で、自分で自分を律するのが苦手。でもそこで自分をうまく律することができれば、作業がうまくなるだけじゃなくて、時間をうまく使うこともできるんです」
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どんなに話題になっても根本はいいサービスといい商品。本質は揺るがない
―今、田村さんが働く上で大切にしていることとは?
「フランスで働いていたとき、僕の人生観は大きく変わって、そこから働く上で大切にすることも変わりました。フランス人って、人生を豊かにするために仕事をしているんです。でも日本人は仕事をこなすために仕事をしている…それって大きな違いですよね。僕もフランスに行くまでは料理を学ぶために仕事をしていたんですけど、そこからは自分が幸せになるためにはどういう仕事をすべきか…という考え方になりました。ですから働く上で大切にしているのは、人生が幸せになることですね」
―フランスで人生観が変わって、フランス料理のシェフからチーズケーキ職人に?
「フランスから帰ってきて、業界の賞をいただいて、若手シェフとしてすごく注目されるようになったんですけど、自分の幸せを考えたときにレストランという業態での働き方が自分の求めるライフステージの変化に合わないのではと思ったんです。休みも少ないし、賞をとったらとったで、ダイニングの雰囲気が悪くなったりもして。そんなとき、誰が食べてもおいしくて、みんなが喜んでくれるものを作って提供したいと考え始めた。そこで真っ先に浮かんだのが、誕生日のときに母が焼いてくれたチーズケーキでした。今の自分がチーズケーキを作ったらどんなふうになるのか試してみたくなったんです。そうしたらすごくおいしいチーズケーキができたので、インスタグラムのストーリーにアップしてみた……というのが、今僕のやっているMr. CHEESECAKEのはじまりです。シェフとして一定の評価を得ることができても全然ハッピーじゃなかった僕が、自分の幸せの象徴でもあるチーズケーキを作ってみたら、食べたいといってくれる人が増えて、結果これが僕にハッピーを運んでくれることになるわけです」
―では、最初はフランス料理のシェフをやりながらチーズケーキを販売していたということですよね? ものすごくタイトスケジュールではなかったですか?
「当時は1日に16本つくるのが精一杯でした。でも口コミでどんどん人気が広まったので、寝る時間を2時間に削ったんですが、それでもつくれるのは1日に32本。そんな生活が3ヶ月ぐらい続いたので、顔色は相当悪かったですね。でもチーズケーキが事業として成り立つという目処がたったので2018年7月にレストランを辞めて、12月には今のキッチンをつくりました。実は、最初は批判も多かったんです。〝本当にレストランを辞めるのか〟〝料理人の道はいいのか〟〝楽して小銭を稼ぎたいのか〟なんて声もありましたね。僕自身の中で、自分が作ったもので人を幸せにしたいという考えは、フランス料理でもチーズケーキでも変わらないんですけど…」
―なるほど。では今、仕事のやりがいや楽しさとはどのようなものだと考えていますか?
「そうですね、ものづくりの職人としてどれだけこだわったものづくりができるのか。そこにやりがいがあると思います。どんなに自分たちの商品が売れたとしても、そこに満足するだけではなく、感動するものを作り続けたいと会社でもずっと言っています。商売の根本はいいサービスといい商品で、その本質が揺らぐことは許してはいけないし、揺らぐとやりがいや楽しさも減っていってしまいますからね」
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自分たちの美学をきちんと守りつつ、どんどん挑戦し続けていきたい
―これからの飲食業界で生きていくうえで、どのような取り組みをしていこうと思っていますか?
「食のエネルギーってすごいと思うんです。多くの人を幸せにするし、気分を変えることもできる。でもその食の素晴らしさをみんなが分かりつつも、食の業界にはめちゃくちゃ負がつきまとう。労働時間が長いとか、休みが少ないとか……。そういう状況が続くとどんなに食が素晴らしいツールでも、作り手や担い手がいなくなり、価値が下がってしまう。だから僕は、食の世界を持続性のある業界にしていきたい。そのためにもまず自分の会社を持続性のある会社にしていきたいんです。今は冷凍のチーズケーキを販売していますが、今後は常温でも持ち運べるおいしいなにかを提案したいですし、今の時代や新しい価値観にあった届け方のできるブランドを作りたいと思っています。そうすることで、自分だけじゃなくて一緒に働くスタッフがどんどん明るいキャリアプランを描けるような会社になるはずですから。自分たちの美学や哲学はちゃんと守れるのなら、売り上げを上げるために何をしてもいいと基本的に思っているので、新しい挑戦もどんどんしていきたいです」
―最後に、これから飲食の道に進もうと考えている人たちにメッセージをください。
「食の業界など、いわゆる職人の世界で働くためには、技術を身につける努力は絶対にしなくていけません。でも技術だけでは生き残れないのも現実です。最低限の技術を身につけたらそこからは、自分の幸せを考えた上で技術に何をかけ算して能力を高めていくかを考えたほうがいいと思います。いろんな選択肢がある中で、もし食の業界を選んだのであれば、とにかく早めに一定の技術を身につけて、その技術をどうやって自分の幸せに活かすのか、それによって自分がどう幸せになりたいのかを考えてもらいたいです。先輩たちは技術の身につけ方は教えてくれても、お金の使い方や幸せのつくり方は教えてくれませんからね、そこは自分で真剣に考えないといけない部分だと思います。すごく難しいことのように感じるかもしれませんが、その難しさを乗り越えてこそ、幸せはついてくるのでがんばってほしいです! もちろん僕もこれからの食の世界を明るくするためにも幸せであることをベースに、がんばり続けます」
Mr. CHEESECAKEって?
「世界一じゃなく、あなたの人生最高に。」という想いのもと、こだわりのチーズケーキをオンラインでのみ販売。冷凍されて届くチーズケーキは解凍時間によって舌触り、風味が変化し、ひとつでいろんなおいしさが楽しめる。インスタグラムのスト―リーでシェアしたことをきっかけに瞬く間に人気を集め、現在も販売から数分でSOLD OUTすることが多い。
2021年4月掲載